コーヒーは嫌いじゃない。そう語ったリーブラムは、ふわりと湯気の立つカップを持ち上げ、ひとつ深呼吸をして満足げに頷くと、そそくさと食卓の真ん中に置かれたシュガーポットへと片手を伸ばした。ガラス製の蓋を外し、小さなスプーンをつまみ上げたその時、見計らったように声がかかる。
「オレも」
リーブラムが顔を上げると、向かいに座ったマーデンが笑顔で自分のカップを差し出している。先ほどまでの上機嫌から一転、リーブラムの口角はへの字に曲がった。
二人がティータイムを共に過ごす時、それがコーヒーであれ紅茶であれ、マーデンはいつもこうしてリーブラムに自分のカップの世話をさせる。リーブラムもすっかり慣れたものだから、今更そのことをとやかく言うつもりはない。だが、今日はマーデンの方が幾分か早く席についていたはずなのだ。お決まりの流れとはいえ、せっかくアルクが淹れてくれた一杯を冷ましてしまってまで些細な手間を惜しむなんてどうかしている。二つのカップを見比べてリーブラムが呆れていると、湯気の消えたカップが催促するように揺れた。
「自分で入れればいいだろう」
コーヒーはまだ一口も飲んでいないのに苦い顔になったリーブラムを見て、マーデンは愉快そうに笑った。
「オレの好みはお前の方が覚えてるだろ?」
「覚えたくて覚えたわけじゃないのだが!?」
私は使用人ではないんだぞと文句を続けるが、その最中もリーブラムの手はスプーンをトントンと小さく揺らして砂糖の量を調整してしまっている。
「ミルクは自分で入れろよ」
「はいはい」
そんな自分に気付いてか、リーブラムは一層ぶっきらぼうな声で言い放ち、先ほどマーデンに入れてやったより少し多めの砂糖を自分のカップにもバサバサと入れた。マーデンがミルクを注ぎ終えるのを待ちながらぐるぐると混ぜ溶かす。態度は不機嫌そのものだが決して食器のぶつかる音は立てないあたり、この男は確かに貴族だ。
「やっぱりお子様舌だね」
いつの間にかキッチンから出てきたアルクが、そんなリーブラムの手元を覗き込んで笑った。湯気の立ち昇るカップを片手にマーデンの隣へと腰を下ろすと、「今日は僕も貰おうかな」とシュガーポットに手を伸ばす。マーデンからミルクピッチャーを受け取ったリーブラムはムッとして「この男だって」と、素知らぬ顔で自分のカップを口元へ運んでいるマーデンを手に持ったスプーンで指し示した。
「でもマーデンって、普段は紅茶もコーヒーも砂糖入れないよね?」
「そうですね」
「は? 私の前ではいつも……そ、それに今だって」
スプーンの先端が揺れる。マーデンはクリーム色の水面を見つめていたかと思うと、ふと顔を上げてリーブラムを一瞥し、にっこりと笑って
「お前に合わせてやってんの♡」
「えぇ!?」
がちゃん、と驚きのあまりスプーンをカップに突っ込んだリーブラムを横目に、マーデンはアルクと顔を見合わせ「良いリアクションだね」「ですね」と笑い合う。そんな二人に対しリーブラムはコーヒーのことも忘れ「どうしてそんな」「アルクは知っていたのか」と取り乱すが、その疑問に二人が答えることはなかった。
「早く飲めよ、冷めるぞ」
「君が言うか!?」
「オレはこれぐらいがちょうどいいんだよ」
マーデンは面倒そうにそう言うと、一層張り上がるリーブラムの声を聞き流し、冷めてしまったカップを傾ける。
「……あっま」
カップの底で溶け残った砂糖に、マーデンが顔をしかめた。
2025.03.26